[資料] 調性 ― ポピュラー音楽 2



□ 半音階的な転調  A・C・ジョビン「ヂサフィナード」
□ 旋法性、三全音、長七度  ブンブンサテライツ「Push Eject」
□ 四度の調性感  パフューム「ポリリズム
□ 調性の非機能的な操作  オフコース「Yes-No」
□ I以外の和音による導入  荒井由美「卒業写真」
□ 「属七(V) → 主和音(I)」の反復+転調
  チャーリー・パーカー「コンファメーション」
クリシェの引用  山下達郎「クリスマス・イブ」
□ ポピュラー音楽における和声構造の「進化」






□ 半音階的な転調




曲 名: 「ヂサフィナード」〔ディサフィナード、ヂザフィナード〕
作 曲: アントニオ・カルロス・ジョビン
作 詞: ニュウトン・メンドン
演 奏: ジョアン・ジルベルト、A・C・ジョビン



和声進行 解釈例(第一小節は旋律の冒頭部。)

FM7           G7(♭5)        
Gm7    C7     Am7(♭5)  D7(♭9) 
Gm7   A7(♭9)  D7     D7(♭9)  
G7(♭9)        GM7   C7(♭9)

〜〔以下略〕


 和声の流れは転調感の強い場所もしくはその周辺へと周到に動いていく。









□ 旋法性、三全音、長七度




演  奏: Boom Boom Satellitesブンブンサテライツ
曲  名: 「Push Eject」
詞 ・ 曲: Boom Boom Satellites
アルバム: 『OUT LOUD』(ソニー・ジャパン、1998年)



 冒頭、長七度の音程をなす二音(C-B)の単純な繰り返し。この音程が曲の全体にわたって維持される。
 旋律の前半部は、中心音(旋律が帰着する音)がFとなっている。これは、冒頭で提示されたB音と三全音の関係を取るため、緊張感を強めている。
 旋律の後半部はD音に終止しており、ここで曲の基盤に一種の旋法的な調性感があることが全体として提示される。
 また、この曲では重いバスドラム音による機械的な(機械による)連打や、所々に挿入される変則的なビートなど、リズム面でも鮮烈な効果が作り出されている。







□ 四度の調性感




歌   : Perfume(パフューム)
曲  名: 「ポリリズム
詞 ・ 曲: 中田ヤスタカ
アルバム: 『GAME』(徳間ジャパンコミュニケーションズ、2007年)



 楽曲の全体は低音部と上層の和声のあいだにかたちづくられる四度音程によって規定されている。これは旋律の導入部や間奏の一部[1:38-2:00]などに顕著。この仕組みが浮遊感をともなった軽快な雰囲気を曲全体に与える。




±




□ 調性の非機能的な操作




演  奏: オフコース小田和正 鈴木康博 松尾一彦 清水仁 大間仁世)
曲  名: Yes-No
詞 ・ 曲: 小田和正
アルバム: オフコース『We are』(東芝EMI、1980年)



 序奏で曲の調性が一旦設定されるが、旋律の部分にいたると半音上へと不意に切り替えられる(スタジオ録音版では30-40秒あたり)。
 ただし、二つの調のあいだを架橋する和音を一つ挿入しており、調性の作為的な変化が不自然に表立たないようにしている。この操作がヴォーカルの登場をさりげなく鮮やかに印象づける効果をもたらす。






±






□ I以外の和音による導入




曲  名: 「卒業写真」
詞 ・ 曲: 荒井由美松任谷由美
アルバム: 荒井由美『コバルト・アワー』(東芝EMI、1975年)



 全体はハ長調だが、旋律の冒頭部は軽い転調(C-C7-F)を経たうえで導入されており、旋律の三小節目で主和音に帰着する(下記の簡易譜の二〜三段目の箇所)。


和声進行(序奏の冒頭部から。旋律は二段目のC7以降。)

F   G7   C   Am  
Dm7   G7   C   C7  
F   G7   CM7   C6  

〜〔以下略〕






±






□ 「属七(V) → 主和音(I)」の反復+転調




曲 名: 「コンファメーション」(1953年)
作 曲: チャーリー・パーカー
演 奏: チャーリー・パーカー(as) アル・ヘイグ(p)
    パーシー・ヒース(b) マックス・ローチ(ds)



 〈属七和音(「ソ・シ・レ・ファ」)→ 主和音(「ド・ミ・ソ」)〉という終始法(カデンツァ;ケーデンス)を、軽く転調させつつ機械的に連結していくという構図。






±






クリシェの引用




曲  名: 「クリスマス・イブ」
詞 ・ 曲: 山下達郎
アルバム: 山下達郎『メロディーズ』(Moon、1983年)。



 旋律の冒頭部分と間奏(ca. 2:05-)で「パッヘルベルのカノン」の和声進行を意識的に借用。
 とくに間奏のア・カペラ部分は同「カノン」の主要部分を明示的に引用・編曲したもの。




参考:
 「パッヘルベルのカノン」
【試聴】↓
    


同カノンの和声進行の基本型(亀甲括弧内は代替の解釈):

C   G〔G/B〕  Am    Em〔G〕
F   C〔C/E〕  G〔F〕  G   




±






□ ポピュラー音楽における和声構造の「進化」




 明治時代から近年にいたる主な「ヒット曲」を年代順に網羅した楽譜集『全音謡曲大全集』(全音楽譜出版社)を調べてみると、日本のポピュラー音楽における和声構造が次のように「進化」してきたらしいことがわかる*1


(1)明治〜昭和の戦前
 I・IV・Vの三和音の頻度がかなり高く、この三種類の和音だけで作られている曲も少なくない。
 和音の転回形や転調もほとんど見られない。戦後の「演歌」が一般にこの様式を踏襲している。


(2)戦後〜1960年代
 上記和音に加えてVIやIIIの和音、さらに四和音(七度の和音)などが増えてくる。楽曲中で他の調の和音が用いられる場合もある。
 ただし、和音の転回形や転調はまだそれほど生じていない。


(3)1970年代
 四和音および五和音(九度の和音)の頻度が高くなる。
 和音の転回形も増えはじめ、I以外の和音で開始する曲も現れはじめる(上記、荒井由美「卒業写真」など)。
 ただし、転調はそれほど用いられていない。


(4)1980年代
 和声進行の複雑さと洗練の度合いが高まる。
 しかし、明確な転調を示す曲は「ヒット曲」の類には依然としてそれほど多くない。


(5)1990年代
 「ヒット曲」にも転調の技法がかなり活用されたものが現れはじめる。
 ときに標準的な転調法から大きく逸脱した和声進行を組み込んだ曲もある。







  *

































































































































































































*1: 田村和紀夫 鳴海史生 編『音楽史17の視座 ― 音楽と思想・芸術・社会を解く』(音楽之友社、1998年)、182-4頁を参照。